作業療法とは        



精神科作業療法?
 
  まず、精神科作業療法というものの定義をもう一度ここに載せておきます。

 精神科作業療法は
精神疾患に関連する病理の部分に直接働きかける治療医学と相補、
病気の為に生かされていない対象者の健康な部分に働きかけ
低下している基本的な機能の回復と改善をはかり
生活に必要な新しい技術を学習する機会を提供し
社会資源の利用や環境を調節することによって
その個人の生活の質を高める援助を行う。
直接病理に触れる部分もあるが、
病理に触れるよりも生活の幅を広げることで
結果的に生活全体における病理の比率を少なくすることが
作業療法の特性を生かした役割である。


しかしながら、この説明で一体どれだけの人が理解してくれるでしょうか。

作業療法はその名の通り、「作業」を媒介として利用し、
クライエントにアプローチします。

しかしながら、この場合の作業とは、
「人間が目的を持って行う全ての事象」
を指しています。つまり
×作業→塗り絵や革細工、レクをすること
ではなく
○作業→人間が目的を持って行うこと
ということですね。
この場合の目的は、活動の目的に挙げるような仰々しいものではなく、
「歯を磨こう」「疲れたから寝よう」「鉛筆を削ろう」
というような我々が普段行っているすべてのことで、
我々は作業の組み合わせと積み重ねによって生きているのです。
人間に育てられた人間と、
狼に育てられた人間が全く違うのは、
生育課程に積み重ねる“作業”が全く異なっているからですよね。
人にはそれぞれの時期に達成してこなければならない課題があります。
それはどのような作業時にクリアーするのか?
クリアーするのに必要な作業は何か?

作業療法士って何するの
作業療法士。
この場合の作業も同様で、
「作業をさせることによってセラピーするセラピスト」
ではなく、
「人間の作業の積み重ねを考えセラピーするセラピスト」
になります。ややこしいですが、
狭義の「作業療法」(ワークセラピー)と
広義の作業療法(オキュペイショナリ−セラピー)は
意味が全然違います。
創作・工作活動を総称してアクティビティと言いますが、
アクティビティも手段のひとつなので、絶対条件ではないのです。
我々がアクティビティの専門家でもあることには変わりないのですが、
しばしばそれが全てだという誤解を受けてしまいます。

実際、身障、老人、発達領域のアプローチでは、
利用しないことも珍しくありません。
学校でも1年時に一回ずつくらいしか教えません。

塗り絵をして意味があるの?
以前、自由OTで塗り絵をしている対象者を見て、
「この塗り絵に何か意味があるんですか?」
と尋ねられたことがあります。

塗り絵は自己愛を充足します。
自己愛の充足は愛他性を構築するのに不可欠です。
枠が狭められているので、病的世界が漏出する危険性も少なく安全です。
前知識が必要でなく、すぐに導入できます。
没頭できれば忘我による癒しも得られます。
工程が分かれていないため、作業しながら他者を
観察することが可能です。
作業を確保することで集団に所属でき、
かつ、作業依存によって自分の安全を確保出来ます。

と、塗り絵そのものに意味があるかと言われればあるのですが、
塗り絵をすることによって、
そのような効果が全て得られるわけではありません。
塗り絵を利用し、
それによってどのような効果を得たいのかを在る程度限定し
その上で経過を見て、よい方向へ促していく必要が
その場に携わるスタッフにはあるのです。
ようは、如何にその作業の持つ力を、
対象者のneedに適合させるのか、ということです。
間違った使い方をすれば、
塗り絵は、素材によっては対象者を混乱させます。
不安が強い場合は不安な出来事を想起させ不安を強めます。
何より、
幼稚なイメージがあり自尊心を傷つけます。
幼稚な作業で過剰に褒めることは、相手への侮辱です。
作業能力的に塗り絵程度しかできない対象者でも、
自尊心の保たれている、いい年齢の大人に、
望んでもいないのに塗り絵を強制するべきではないのです。

行動変容をおこす作業
人間的な成長は、
在る程度以上になると、自己の試行探索行動によってしか
本当の意味では変化しません。
無理にやらせても意味がない、とは、そういった意味です。
例えば、何度薬を飲むように注意されても、
その人が本心から「飲まなくてはいけないのだ」というように
思い至らなければ、
注意する人がいるうちは飲みます。
しかし、目が届かなくなれば飲みません。
必要だと思っていないからです。

作業の現場でも同じことが言えます。
あなたは寝てばかりいるんだから、そんなことじゃ退院できない
さあ何かしなさいと強く言われれば、
よっぽど頑固でなければ何かするでしょう。

しかし意味には乏しいことです。
起こされて塗り絵しました。
それだけ。
声がけされればしぶしぶやりますが、
声がけされなければやりません。
塗り絵の力も発揮されません。
むしろ“塗り絵”、“OT”というキーワードに
“強制された”という不快な感情が付属し、
その出来事を表面上忘れても、このキーワードにもやもやした
不快な印象がつきまとうことにもなりかねないのです。

作業の中で、不快でない、まんざらでもない体験を積むこと
楽しみを見つけること
OT室で得た「体験」が対象者のneedに合致すれば、
対象者は自分から足を運ぶようになります。
もしくは、声がけに嫌々でなく応じます。
何度も足を運び、安心できる作業を繰り返しているうち、
耐性がでてきます。
周りへの興味も出てきます。
違うのもやってみようかなという余裕も出てきます。
「やったことなかったけど、挑戦したらできた」
このような体験が得られたらしめたものです。
達成体験は自信に繋がります。
自信のある人間は、また挑戦できます。

この対象者の行動変容が、
活動における「効果」です。


                                                   つつづく